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芥川賞作家・中村文則さん、テレビを見ずにテレビの話はダメです。

10月6日、朝日新聞の朝刊オピニオン&フォーラムの欄に「総選挙日本の岐路」と題して中村文則さんが書かれた記事を読んだ。

解散理由には説得力がないに始まって、森加計問題、「こんな人達に負けるわけにはいかないんです」発言、憲法改正から希望の党批判などなど、テレビでいやほど耳にした話題を中心に安倍政権と安倍首相の批判が書かれていた。まさに朝日新聞が何ケ月も展開している安倍降ろし作戦を、選挙を前にして朝日に代わっておさらいしたような記事である。それはそれで中村さんの考えを否定するつもりはない。ただ文の中で大きな間違いがあったので、テレビ屋の私としては訂正しておかないと何とも気が済まない。芥川賞作家の文章を訂正するとは何という奴だと思われる向きもいると思うが、文章ではないのでお許しいただきたい。

それは改憲についての部分である。改憲するためには対外的な危機感が必要なので敵対的な外交をして緊張を増すことになる。だから「改憲のための様々な政治工作が溢れ、政府からの使者のようなコメンテーター達が今よりも乱立しテレビを席巻し、危機を煽る印象操作の中に私たちの日常がおかれるように思えてならない」(原文のまま)

私が間違いと指摘しているのはこの部分で、おそらくテレビをご覧になっている賢明なる視聴者の方々は、私の指摘を頷いて頂けると思う。テレビに溢れているのは、政府の使者どころか外国の使者かと思える様なコメンテーター達に占拠されているのが現状である。中村さんのご心配とは真逆の番組が主流を占めているのだ。というより中村さんがテレビには大勢コメンテーターとして存在している。そのうちワイドショーのレギュラーコメンテーターとして中村さんが登場するのではとちょっぴり心配する。

中村文則さんがテレビをご覧になっていれば今回の朝日新聞への寄稿文の内容はこうはならなかっただろう。中村さんの思いとは正反対で、偏向報道とフェイクニュースが溢れ、反政府、安倍打倒のムードとそれを煽るコメンテーター達がいかに多い事か。各局がよくこれだけ意見が合うと思われるほど同じ方向の番組が、早朝から夜まで、津波のごとく流れ出しているのである。

中村さんがご心配なさらずとも、改憲の為のムードを煽るような政府の使者のテレビ出演は、視聴率が取れないと放送局に信じられているので、テレビを席巻することは絶対と言って良い位有り得ない。

まずはテレビをご覧になって書いてほしかった。

選挙に行く人が増え投票率が上がると野党は喜ぶ、投票率が下がると現政権が有利になる、だから選挙に行こう的な文面でこの記事はしめられている。芥川賞作家らしい表現?で選挙はあなたに興味を持っている、こんなふざけた選挙は参加したくないと思う事は間違いだと投票をお勧めになっている。投票の勧めは納得だが投票行動の動機が寂しすぎる。

 

初めて選挙に参加する18歳の諸君は、行けば野党に有利で行かなければ与党が喜ぶなんて大人の戯言には耳を貸さず、諸君の考えの下に権利を行使してください。全ては日本の今と将来の為です。

 

| - | 20:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
いよいよ選挙、テレビから得た情報は一度忘れよう!

テレビ番組やメディアの情報だけで候補者や政党を選択すると大きな過ちを犯すことになる。

森友・加計問題から小池劇場、さらに北朝鮮問題と、早朝から夜遅くまでテレビは膨大な時間を費やして放送してきた。しかし今年に入ってからのテレビ番組は、異常なまでの偏向が目立った。安倍総理の支持者でもおそらく気持ちが揺れただろう。支持率が30%も落ちたのも頷ける。テレビの影響力は相変わらず凄いし怖い。

それはともかく、国会は解散し、公示が10日で選挙は22日と決まった。大義がどうの解散は憲法違反だのと野党もメディアも大騒ぎになるが、決まったものは仕方がない。我々国民は如何に正しい判断をして一票を行使するかだ。

判断材料として、テレビ情報は勿論だが一紙だけの新聞情報を鵜呑みにするとろくなことはない。新聞の場合は右か左かは購読されている限りご存知だと思うが、問題はテレビだ。

放送法によって公平公正性が担保されているものと視聴者の多くは信じている。ところが昨今のテレビは、放送法なんておかしいと平気で発言し、記者会見までするキャスターがいるぐらいだから偏向報道なんて何とも思っていないだろう。ネットなどで視聴者が指摘してもお構いなしである。この風潮にのって勘違いコメンテーター達が増殖しているのがテレビの信頼をなくしている原因なのである。尤もそんな出演者を選んでいるのは放送局なので責任は局にあるのは言うまでもない。

 

コメンテーターの事に少しふれておこう。コメンテーターの類には、ご存知のように弁護士、大学教授、評論家、作家、映画監督、自称ジャーナリスト、などが顔を並べている。さらにひな壇芸人コメンテーターがこれに加わっている。芸人や俳優でコメンテーターと称して多数の番組に出演している人を見ると、大抵は毒舌とか切れキャラとか高学歴芸人である。これは明らかに番組を面白くするためのキャスティングだが、本人は政治経済ネタに触れるうちに勘違いが始まり、生放送において無責任な放言を評論家の如く平気でしゃべるようになり、世間を惑わせるのである。(こんな放言をそうだそうだと真に受ける視聴者が多いのもテレビをダメにしている一因である。)

近年では、弁護士などのいわゆる文化人系コメンテーターの大半が芸能事務所に所属するようになった。芸能事務所も情報番組の氾濫でニーズが増え、ビジネスに結び付くようになったからだ。文化人が個人でテレビ出演するのと芸能事務所に所属して出演するのではギャラに雲泥の差がある。だから文化人が芸能事務所に入りマネージメントを委託するのである。いろいろな芸能事務所の所属タレント一覧をネットでご覧になれば、意外な人が意外な事務所に所属しているのがわかる。番組との関係が見えてきて興味深い.

例えばサンデーモーニングに登場するコメンテーターのほとんどは三桂の所属、三桂は関口宏が代表の芸能プロダクションである。この事務所には左系のコメンテーターが多いので、必然的に偏向した発言でまとまる番組になる。勿論それをねらっているのはTBSだからサンモニが長寿番組になるのは必然と言える。

こうしてテレビで文化人が顔を売ると講演の依頼が増え、レギュラー番組が多いと講演のギャラも上がり本人も事務所も潤うという仕組みだ。だからコメンテーターは少々批判を受けてもテレビ受けする発言をするようになりバラエティーずれしていくのだ。テレビの仕事を増やすためには、LGBTでもないのにおネーキャラになる教育評論家の何とかママなどという人物まで出来上がる所以である。こんな程度のコメンテーターが多いテレビ番組で政治を弄ばれたのでは、視聴者もたまったものではないのだが、結構受け入れているのが現実である。

 

左の道を選ぶのも右の道を選ぶのも各個人が決めること、決めるためには判断するための知識が必要だ。そんな時メディアの情報は極めて重要な役割を果たす。新聞。テレビ、インターネットと今や情報が溢れかえっている。だからこそ情報の読み解き方が重要なのである。選挙が決まった今、少なくともテレビに溢れていた情報は一度リセットすることをお勧めする。テレビが作った風やムードで過去に間違った選択をしたことはなかったかを今一度考えてみよう。

冒頭でも申し上げたように、昨今のテレビの偏向報道はあまりにも酷い。そんなテレビ局が流す情報でこの国の現実と未来を決める訳にはいかない。テレビの情報だけで候補者を選択するほど馬鹿じゃないとお叱りの向きがいるだろう。しかし新聞の購買者数がどんどん減り、テレビとネットが連動している時代だ。やっぱりテレビの影響力はまだまだ大きい。

この国の置かれている現実と未来を考えたとき、誰をあるいはどの党を選択すれば良いかはそれなりの想像力が求められる。想像力を喚起するにはまずメディアの偏った情報はリセットするべきだ。

 

 

| - | 12:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
「題名のない音楽会」本日最終回?

タイトルに?を付けたのは番組が本当に最終回ではないので、誤解のないようにするためである。

10月編成での「題名のない音楽会」は、キー局が朝10時、ネット局のほとんどはバラバラの時間帯になり、多くは早朝6時、秋田朝日放送に至っては朝の5時20分に移動する。しかも土曜日に変更になる。小生のエリアでは朝の6時だ。テレビ局の編成の都合で生活のリズムを変える訳にはいかないので、残念ながら今回をもって最終回にしたのである。

この番組は1964年にスタートした。東京12CH(現在のテレビ東京)から始まりNET(現在のテレビ朝日)に移行した。スタートから出光興産の提供で、当社が存続する限り提供をやめることはないと仰っていたのを何かの記事で読んだ記憶がある。スポンサーの鏡、われわれ制作者にとっては神様のようなスポンサーである。平成21年にはギネス世界記録に認定されたほどの長寿番組だが、これも一社提供のなせる業である。最近の劣悪番組がはびこるテレビ界において、日曜の朝に清々しい音楽が流れるひと時が存在していたのにこんなに切り売りになるとは、テレ朝の編成もセンスがない。間違いなくこの編成は10月から始まる東山紀之キャスターの番組の影響である。編成か偏向か知らないがもう情報番組は必要ない。時代の流れとは言え出光興産さんがこんな編成をお受けになったのが残念と言えば残念だ。企業の宣伝担当者のセンスや代理店の担当によって番組の価値観も変わってしまう。テレビにとって決して良い結果とは思わない。

ということで、黛敏郎さんが司会をされていた頃にこの番組の舞台監督をお手伝いしたこともあって一抹の感慨もあるが、私の中では「題名のない音楽会」は最終回を迎えることになったのである。

まずは長い間ありがとうございました。

| - | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
地上波テレビは何処へ行くのか?

相変らずのテレビにうんざりしているうちに、あっという間に5ケ月が過ぎようとしている.

この間に朝ドラは新シリーズが始まり、題名のない音楽会のMCが変わり、NHKが昼にワイドショーを始め、SMAPが解散しNHKの会長が交代した。どれも特筆するほどの事ではないが、個々には一言いたいことはある。折を見て起稿したいと思う。

それはともかくとして、民放は朝から晩までモリだのカケだのと蕎麦屋のメニューじゃあるまいし、よく飽きないで何時間も喋っていられるもんだと感心する。ワイドショーと食番組が減らない限り今年もテレビには期待できそうにない。こんなどうでもいい番組を垂れ流しているだけでほんとにいいと思っているのだろうか?

今年の1月24日には、4K,8Kの放送を担う事業者に認定書が交付された。

来年末には本放送開始、2020年には3000万所帯に普及すると総務省は皮算用をしている。オリンピックが近ずくにつれて4,8K対応受像機の広告も一層増えるだろう。国は4K、8K放送を国策として進めることを決めている。国策という限り、地デジの時と同じように多額の税金が投入されるのだが、視聴者にとってどれだけの恩恵があるかは甚だ疑問である。何故なら4k、8kの放送は地上波デジタルでは当分放送できない。現在放送中の地デジは2Kだから4,8Kの放送をするには新技術が必要となる。しかしこの技術はまだ開発されていない。総務省は地デジの放送環境を維持しつつ4K等の受信が可能な技術を公募した。ほんの少し前に地デジ化を視聴者に強制しながら、BSやCSのみで放送する4K、8K の普及にやっきになる。こうなるとローカル局のほとんどは仲間にも入れてもらえない。

その上NHKはネット同時放送をやると言い出し、しかも課金するという。民放は大反対しているがネット事業には必死だ。どう見ても劣化した地上波テレビと真剣に向き合っているとは思えない。視聴者はいつも放送事業という既得権益の基で振り回されているのである。せめて地上波テレビは何処へ向かおうとしているかだけははっきりしてほしい。

2011年に高音質高画質そして便利なテレビになるとのふれこみで始まった地デジだが、たった6年で更にすごい映像美の放送を始めるからテレビを買い替えろと言われてもそう簡単に納得できるものじゃない。文字だらけの上にワイプで出演者をかぶせた何を見せたいのかわからないような画面では、素晴らしい映像美といわれても困るのである。

技術開発はすごいスピードで進む。それについていけていないのが今のテレビ制作者たちだ。技術の前にテレビ放送とは何かを今一度自問自答してほしい。視聴者に何を伝えるべきかをすべてのジャンルで再確認し、多メディアの時代に地上波テレビが進むべき方向を見出していただきたい。

 

 

 

 

| - | 15:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
2016年のテレビを総括

どうにも止まらないテレビ番組の劣化、このひと言に尽きる。

テレビの使命は視聴者に何かを伝える事である。娯楽であり報道であり教養であり、伝える側と求める側が一つになった時花開く文化なのだ。とは言っても全ての人が納得し楽しめる番組などありえない。だからこそテレビ局が複数局あり、視聴者が好みに合った番組を選択する事で万人が楽しめるテレビとして存在するのである。

しかし今のテレビに選ぶほどの選択肢が有るだろうか?

視聴者は今やあきらめに近い思いでテレビと付き合っている。どのチャンネルも同じ様な番組ばかりでつまらないと言うのが最も多い視聴者の意見だ。

一握りの人気者と、一握りの雛壇タレントと、一握りの俳優と一握りのコメンテーターで全てのジャンルの番組を制作する傾向はどうにも止まらない。それが局の個性化をなくしていることぐらい感じているはずなのだが。

演出法にもテレビをつまらなくしている原因が有る。例えばランキングをつけて番組を構成するのは今や定番だし、Vになれば必ずワイプで出演者の顔が入るのも定番、中央のパネルに書かれた文や写真を元に説明者がいてその他大勢が聞いていると言うパターンも定番、画面を文字だらけにして見せるのも定番なら持ち回りのように警察24時を放送するのも定番ナドナド、上げればキリがない程どの局も同じやり口で番組を制作する。こんな調子では来年もテレビの劣化はますます進行するに違いない。

 

テレビの劣化は、制作者だけの問題ではない。視聴者にも大きな責任が有る。

テレビ番組のレベルは国民のレベルと言われている。ダメな番組にはもっとレッドカードを突きつけてテレビ制作者を目覚めさせる必要が有る。

視聴率は彼らにとっていい薬だが、視聴率を上げるためには視聴者の見たがっているものをやればいいとテレビ制作者は思っている。

苦しいときは京都からの中継かラーメンをネタにすれば視聴者は喜ぶと言う説があり、信じている制作者もいる。今はワイドショーも情報番組もバラエティーも、政治経済ネタで辛口タレントとか激情型のコメンテーターに言いたい放題させれば視聴率が取れると思っている。又実際視聴者はこれを好み、このような番組は山ほど有る。でもよく見れば、各局を渡り歩いているコメンテーターとやらは同じ様な顔ぶればかりだ。自称ジャーナリストに元官僚、大学の教授に弁護士や医者である。職業を言うだけで顔が浮かんだ方もいらっしゃるに違いない。このように視聴者の嗜好性はひとくくりで受け止められているのである。だからテレビ番組は国民の文化レベルを表すと言うのであるが、言い換えれば国民のレベルをテレビ局に決められていると言う事にもなる。視聴者の皆さんはもっとお叱りの声を上げるべきではないだろうか。

 

とは言っても全てがダメな番組ばかりではない。テレビのもてる可能性と真剣に取り組んでいる素晴らしい番組は有る。それはバラエティーやドラマやその他全てのジャンルに存在する。

80年代に「楽しくなければテレビじゃない」とフジテレビが標語にしていた。そのフジテレビも今やあの時代の勢いはない。しかし他局がフジを凌駕して素晴らしい番組を放送しているかと言えば全くそんな事はない。フジの低迷はテレビ界の低迷そのものなのだ。

地上波がもう一度存在感を発揮するには、業界再編とネットワークの統合しかない。NHKと民放は2大ネットワークで充分だ。そうすればお互いに個性を発揮し、カラーがはっきりするに違いない。更に新聞との分離が必要だ。特に報道は新聞に振り回されているためテレビ独自のジャーナリズムが育っていない。新聞が牛耳っているテレビの報道番組はもう要らない。

 

来年のテレビが急によくなることは有り得ないが、もうそろそろ本気で取り組まないと地上波は早番消えていくことになる。

そうならない為にも賢明なる視聴者の皆さんの力が必要です。

とりあえずテレビでも見ますか、貴方は紅白派ですか?それとも格闘技? 

 

それでは良いお年を。

 

 

 

| - | 19:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
8K・スーパーハイビジョンでオリンピックを見ると・・

8月1日から8Kの試験放送が始まった。全国のNHKでは受信装置を設置してオリンピック放送を一般公開している。

私は大阪のグランフロント会場に出かけてみた。

会場入り口には受付があって、係りの人がこちらへどうぞと案内してくれた。てっきり広場に受像機がセットされたパブリックビューイング的なデモだと思ったら、劇場スタイル。案内してくれた係員がドアを開けると場内は真っ暗、足元を懐中電気で照らしてもらいながら席についた。ステージに設置されたどでかいモニターでは水泳女子の表彰式の中継が放送されていた。

ユニフォームの縫い目、選手のまつげに歯並び等々実にくっきりと見える。解像度が高いので立体感がハンパじゃない。観客席のフルショットになると、これまた一人々々の表情がしっかりと見え、目の色までわかる映像には驚いた。思った以上に美しい画面である。なにも暗い部屋で視聴させなくても充分なのに・・。暗い部屋でテレビを見てはいけませんとNHKの子供番組で注意していたのを思い出した。

我が家に帰ってオリンピックの中継を見る。4Kでも8Kでもないが充分満足できる映像である。2020年の東京五輪にむけて8kの大キャンペーンが始まるが、果たして普及するのだろうか。少なくとも今のテレビ番組なら必要ない。文字スーパーとワイプの小窓、何故かごてごてしたセットといった、映像の文化であることを忘れてしまった番組が多すぎて、8Kなんて必要ない。

テレビ技術はあと4年も有れば更に進歩するだろう。しかし制作能力がそれに追いつくかとなると、絶望的である。

制作者諸君!いい加減に目を覚ましたまえ。

 

 

 

| - | 15:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
お祭り騒ぎの18歳選挙権

いよいよ明日はお祭の本番である。残念ながらお祭り騒ぎはメディアだけで主役の18歳は冷めている。テレビの開票特番では各局が競って18歳の選挙ドキュメントを放送するに違いない。その取材対象となった18歳や高校生は少しお祭気分も高まったかもしれない。AKBやSKB、それにジャニーズと吉本と池上彰が祭に花を添えて出演者が一杯のお祭番組なんだろなと想像する。ワイドショーとバラエティーと子供番組をミックスしたような選挙特番になりそうだ。視聴者の皆さんそして18歳の皆さん、テレビが貴方々をどんな風に見ているかがよく解ると思います。

 

私は選挙権を18歳にする事には賛成だが、こんなバタバタで決定した事には反対である。準備不足だ。

何の教育もしないままに「諸君、選挙権は18歳から認める。国民の義務と思って選挙に行くように」なんて言われても多くの18歳は困惑したに違いない。

世界の90%以上の国ではとっくに18歳選挙権を認めている、日本は遅かったと国会議員は言う。何故遅かったかを説明しないのは変な話だ。自分達の怠慢ではないのだろうか?

18歳つまり未成年の若者に、「社会とのつながりを意識し責任を持って行動しなさい」と突然宣言するからには彼等に教育を通じてしっかり伝えないといけない。メディアも教育者もそれを指摘せずに今回の18歳選挙権を当然のように受け入れお祭り騒ぎにしているのだ。

混乱したのは教員も同じ。急に選挙とは、政治とはを指導しろと言われても、英語の出来ない先生に英語を教えろとか、ダンスや武道を知らない先生に今日から必須科目だと言ってるのと同じである。近頃の教育方針は理解に苦しむ事ばかりだ。

教師が中立を守るなんて無理だとか、教師も政治的発言は憲法で許されているとか声高に叫んでいる人達がいる。これも混乱している現象の一つだ。教師個人が政治的にどんな思想を持っても自由なのは当然、しかしその思想を生徒に押し付けるような教育は間違っている事なんて常識のレベルだ。それを教師が中立を守るのは難しいなんて悩んでいる人がいるようでは日頃の教育も実に心配だ。

 

とはいっても18歳諸君、選挙権が与えられたのは事実だ。どう行使しようが諸君の自由だ。先日の英国の国民投票ではご他聞にもれず若者の投票率は低かった。BBCのニュースを見ているとまさか離脱派が勝つなんて思っていなかったと投票に行かなかった若者が不服そうに言っていた。これが一番ダメな発言である。しかし何もわからずとにかく投票したと言うのも問題である。投票に行きましょう、与えられた権利を行使しましょうとやたら参加する事に意義があるようなキャンペーンが有るが、私はこれにも疑問を感じている。余りにも無責任ではないだろうか。今回はパスと言うのも勇気ある撤退、一つの意思表示であることは間違いない。但しはっきりとした考えと論理的な理由をもっての棄権であって欲しい。

選挙のために新聞やネットやテレビで勉強した人も多かっただろう。ただ心配なのはメディアの伝え方を読み解くだけのリテラシー力が有るかどうかだ。テレビは人気者や新聞系のキャスターや、言いたい放題の無責任なコメンテーターが自己流の解説をするし、新聞は巧みに自分たちの主張に誘導する。ネットは書き込みの過激な表現に左右される可能性が有る。今更遅いが、今後のためにも必ず複数のメディアの情報を見て自分なりの意見を形成するべきだ。大人が出来ているかと言うとそうは思えない。だからこそ諸君に期待しているのだ。

とにかく明日投票に行くにしろ棄権するにしろ、何故そうするかと言う考えを持って後悔しないようにして欲しい。チャンスは今回だけではない。日本人としての判断を求められる機会は長い人生に何度も有る。

 

諸君の一票は世界にもつながっている事を忘れないで欲しい。

 

 

| - | 21:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
今朝のあさイチと有働アナ
あさイチのHPによれば「番組では、あとから来た“本震”に暮らしを壊された益城町の方々のドキュメントを通して、今回の地震の怖さをお伝えしました」と言うのが今日のメインテーマ。まさにテレビの地震報道の本領発揮と言うところである。怖い、悲しい、大変だを強調するいつものやり方は、いくら横に専門家を置いても番組内容の本音が透けて見える。
今日のあさイチは地震編成のために放送遅れになった朝ドラの二本立てに加えて、9時からの国会中継のために短縮編成になっている。その上被災地のドキュメントVがメインだから必然的にトーク時間も短くなる。それでもレギュラー3人に加えてリポーターとゲストが3人の計7名の出演者がいる。
視聴者の皆さんはこんなキャスティングを当然の事と受け入れますか?
先週から今日の放送時間は短縮される事は解っているし、内容も決定しているはず。なのに必要とは思えない出演者を置いていることは極めて無駄である。しかも専門家の先生はともかく、ゲストのコメントなんて所詮お定まりの発言になることは解りきっている。最近のテレビ番組は出演者が多すぎると多くの視聴者の皆さんが指摘しているが、制作者にはまったくこんな声が聞こえないらしい。NHKの場合は国民の受信料で成り立っている。この類の無駄使いは見過ごせない。政治家の諸君もNHKの会長ばかりを攻めずにこんな根本的な問題も取り上げるべきだ。
今日の番組テーマが全く無駄とは言わないが、多くの視聴者は何度も災害報道を見ているので被災者のつらさや悲しみなどは百も承知なのだ。今更地震の怖さやお涙頂戴の情緒的なV を見せられても、朝から晩まであらゆる番組でやっている事なので新鮮味もない。あさイチらしさが他の民放と違っているのが魅力の番組なのだから、あさイチらしい視点がないものだろうか。
特に有働アナの地震や災害の時のアナウンスが必ず泣き節の発声でささやくような読み方をするのがとても気になる。情緒的感情移入で芝居じみた読み方は全ての女子アナに共通しているのだが、人気ベテランアナなのだからせめて違った表現を工夫して欲しい。
テレビ番組では、災害報道のほとんどが暗く悲しいマイナーな調子で放送する。国民的人気の有働アナが、例え亡くなられた被災者の家族の方にでも、単純に悲しい泣き節でなく「気持ちを強く持ってください」と伝えるだけでどれだけ心強く感じるだろうか。私も阪神淡路大震災の被災者なのでよくわかる。発災後4日も経つと「大変ですね、悲しいですね」と言った感情で接しられのは段々うるさく感じるものである。
あさイチの裏番組のワイドショーでは、全てがBGをつけた芝居っ気たっぷりのVにコメンテーターの好き放題感傷的コメントの番組ばかりだ。あさイチぐらいは違った放送にして欲しい。
テレビを見ている被災者の皆さんは、おざなりの同情番組など見たくない。
| - | 14:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
ショーンK叩きのコメンテーター族
コメンテーターは芸人から過去官僚、弁護士、医者、大学教授、ジャーナリストに評論家など、同じ顔ぶれが各局を走り回っている。よくこれだけ芸能から政治経済、事件物に個人的もめ事など、どんな専門外の事でも正義をふるって無責任に意見を述べる事ができるもんだと、心から感心する。
ショーンK氏の詐称問題でも待ってましたとばかりに叩きまくっている。専門は違ってもコメンテーターと名がつけば同業者のはず。やった事は問題だが同業者の事だから、内輪の業界の不祥事の時と同じ様にさらりとやり過ごしても良いのではと思うのだが。この叩き方は彼の抜けた後は私がとのアピールではと勘繰ってしまう。
そんな中でどうしても見過ごす事ができない発言があった。自称教育評論家の尾木直樹氏が新聞の取材に答えて「こんなゲスの極み詐称は聞いたことがない、現在奮闘しているコメンテーターの社会的信頼を失墜させたのではないでしょうか」と答えた報道があった。
そもそも教育評論家ならゲスの極み詐称などという言葉を使って人を評価するものではない。流行の言葉でテレビ業界にアピールしているおつもりなのだろうか。どんな事にでも顔を突っ込んで発言する姿はコメンテーターの本領発揮というところである。そもそもコメンテータに社会的信頼があるとおっしゃる点も勘違いである。賢明なる視聴者はほとんどのコメンテーターにウンザリしている。
尾木氏はテレビ出演がお好きのようで、テレビに出られるならオネーキャラもいとわない教育評論家とお見受けする。私の知る限りでは尾木ママの名はさんまが名ずけ親だときいている。どうやらあのオネーキャラはLGBTのどれにも該当しないようだ。これは一種の詐称なのではないだろうか?
LGBTに関しては教育現場でも議論が進んでいるときだ。自分がテレビで目立つために、いたずらにゲイぶったキャラでウケを狙うなんて、本業が教育者なら恥を知るべきだ。
私はこのタイプが正義を振り回してテレビを汚しているのがテレビ屋として許せない。尾木ママにしろショーンKにしろ起用するテレビ局の責任であるのは否定できない。
いずれにしろコメンテーターと言うのは厄介な代物である。
 
| - | 17:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
民主党奥野氏にひと言・テレビは萎縮していない!
予算委員会での民主党奥野議員と総務大臣、総理の質疑を聞いて、テレビ屋出身の小生は実に腹立たしく思った。
不毛の議論であるだけではなく、当たり前の事を如何にも問題が有るかのごとく問題視する野党お決まりの展開は、選挙が近いと全野党が始める。とんでもない時間の浪費である。
そもそも放送法と電波法の元に放送事業者は認可事業として存在する。だから法律を守ることは当然の事だ。法律だから解釈によって変化する事も理解できるが、守らなくて良いという事にはならない。今日も質問では一番組に問題があっても電波停止などの行政指導を行なうのかと詰め寄っていたが、大臣の見解は一番組から全体を見るのは当然ではないかという事だった。総務大臣発言で番組のキャスターが交代したり放送局の萎縮が始まったと指摘する奥野議員は、放送の現実を全く理解していない。番組のメイン出演者の交代は、特に民放ではNHK以上に重大な事なのだ。熾烈な視聴率戦争の中でスポンサーの意向も踏まえなければならないし、プロダクション政策も有る。次の候補がかなり具体的に決まっていなければ安易な交代などありえないのである。それに奥野氏が連日どれほどの番組を見ているのかは知らないが、テレビ局には萎縮のカケラも見受けられない。放送局を擁護しているようだが奥野氏の発言は放送局を馬鹿にしている。
とは言うものの、残念ながら放送局が認可事業であり、税金の世話にも少なからずなっている以上政府に及び腰である事は否めない。しかし報道という点では放送法を遵守する範囲でジャーナリズムの気概を持って報道番組を制作する姿勢は間違いなく有る。

視聴者の皆さんには、この奥野議員のような単純な発想で言論弾圧だなどと思わないでいただきたい。勿論放送界にも総務大臣の発言に対し、政府の威嚇だと怒りを露にしている人達はいます。でも今の日本で放送を政府が監視し電波を取り上げるなんて事態が起きると思いますか?そんな事は極めて非現実的な考えです。
テレビ報道に於いて公平公正な番組制作をしても報道や表現の自由を損なう事はありません。一つの例はNHKの「日曜討論」です。必ず意見のことなる出演者が出演して議論や主張をぶつけ合い、どちらの意見を選択するかは視聴者に委ねられています。勘違いしている制作者はそれでは面白くないから過激に時の政権を批判し視聴率につなげようとするのです。又「朝まで生テレビ」と言う番組があります。テレビ局がタブー視している問題も取り上げ激論すると言うものですが、こんな番組が存在しうるのは賛否両論を激突させる手法を取っているからなのです。選挙報道では、告示がされた日から全候補者を公平に取り上げる事は神経質なほどにやっています。
ニュース23の岸井氏が「メデイアとしても安保法の廃案に向けてずっと声を上げつずけるべきだ」と発言したり、報道ステーションの出演者が古館氏とコメンテーターが一人だけで偏った発言や考えのみを放送しているなど、放送法に明らかに抵触している番組は数多く有ります。それでも停波になることもBPOが問題にすることもなく放送は継続しています。大臣発言で萎縮するのではなくテレビ局が自ら墓穴を掘っているように思います。岸井氏がどんな思想をお持ちになりその思いを発言されるかは勿論自由です。しかしニュース23はゲストではなく、ニュースを解説する立場でレギュラー出演している番組です。国を二分するほどの法案について「廃案に向けて声を上げよう」と発言するのは間違っている事ぐらい賢明なる視聴者の皆さんならお解かりだと思いますが、岸井氏にも番組担当者にも解っていないようです。
岸井氏は新聞記者です。これが局の政治部の記者だったらまずこんな発言はしないでしょう。それでも安保法反対と発言したければきっとTBSを退社して立場を変えるに違いないでしょう。これが筋ですが、そうは思っていない局員も少なからずいるのも事実です。

いつも申し上げていますが、放送局がどれほど影響力を持っているかを一番解っていないのが放送局と出演者達です。
テレビ以外のメディアでスーパーの棚から納豆をなくす事ができますか?
寒天が棚から消えテレビ放送のため商品が間に合いませんと張り紙を貼らせる事ができますか? 
テレビにはそんな力が有るのです。だから放送法が必要なのです。
視聴者の皆さんもテレビとの付き合い方にはくれぐれも気をつけてください。
 
| - | 15:03 | comments(0) | trackbacks(0) |