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ムッシュのモヤッ!?

ムッシュのテレビ館別館
住民投票の情緒的反対論
♪ 大阪で生まれた女やさかい 
  大阪の街よう捨てん
  大阪で生まれた女やさかい
  東京へはようついていかん

BOROの「大阪で生まれた女」の一節である。私は大阪で生まれた男やさかい、朝から妙にこの歌が頭を離れない。
大阪で生まれた人達がこんなやり方で判断を求められても、そうは簡単に賛成は出来ない。
今の大阪は、放置自転車も引ったくりも教育も子供の体力もワースト、国保や介護保険の高さもワースト、道頓堀はすっかり様変わりし宗右衛門町は面影もない。私が育った南はいつの間にか外国になってしまった。今は大阪城が見える町に住み二度とこの城を落城させてなるものかと頑張っている。
大阪市民の多くは今のままの大阪で良いとは思っていないはずだ。
幾つもあるワーストでダーティーなイメージを回復させるためにも、政治や政策を変えることに異論はない。
但し、大阪市を変えるのであって大阪市を廃止するのではない。大阪市民がまず変わることだ。意識を変え人気やムードで政治家を選ぶ失敗を繰り返さない事である。
大阪市の歴史も文化も大阪人気質も、大阪市をなくす事に賛成したら2015年5月17日で全ては消え去るのである。
東京へ行ったときに「どちらから来られたのですか?」と聞かれて、兵庫県の人は神戸からとか西宮からと答える。吹田市や豊中市の人もそのまま答える。もし大阪市がなくなっていたら北区からと答える事になる。
聞いた相手は「どこの北区?」と聞き返す。「大阪府の北区です」、こんなめんどくさい事はお断りだ。
明日の住民投票は「大阪市を廃止して特別区にするか否か」を決めるものです。賛成と書いてしまったら我らの大阪市は消えてなくなります。賢明なる大阪市民ならここはとりあえず反対です。
大阪の街を捨てるなんてそない簡単な事じゃない。
| - | 17:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
5.17の投票案内状と中のチラシをよく見てください!
今も維新の選挙カーが「都構想に賛成と投票してください」とアナウンスしながら窓の下を走っています。
市民の皆さん、今回の住民投票は都構想の是非を問うものではありません
マスコミも「大阪市をなくして五つの特別区を設けるいわゆる大阪都構想の住民投票」と言っていますが、私はこれも誤報だと思っています。いまMBSの「ちちんぷいぷい」を見ると相変わらず都構想の住民投票とうたっています。投票用紙まで見せて話題にしているのにこんな間違いを放送するのですから、テレビの情報で賛否を決めることだけは避けなければなりません。投票用紙にも都構想の文字はまったく書かれていないのです。
テレビが正確に、都構想の住民投票ではなく、大阪市を廃止し五つの特別区を設けるための住民投票と何度も説明していればわからないと言う人たちはかなり減ったに違いありません。
出来れば選挙管理委員会に電話で確かめてください。明解に都構想の是非を決める住民投票ではないと答えます。私も電話で確認しました。
この住民投票のテーマは「大阪市における特別区の設置についての住民投票」と案内状には書いてあります。このタイトルは議会で承認され決定されたものです。
更に賛否の決定という表題のところを読むと、初めて賛成が多いと大阪市を廃止し特別区になり反対が多いと特別区にはならないと説明されています。

選管から来た案内状も突っ込みどころ満載です。
まず「大阪市における特別区の設置についての住民投票」と言うタイトルですが、これだけ見れば大阪市の廃止ではなく特別区を設置する事のみにも読み取れます。
「賛否の決定」と言うタイトルで、チラシの下に小さく説明があります。これはもっと全面に表記して選挙で問う趣旨を纏めておくべきではないでしょうか。この選挙は協定書を熟知し理解した上でなければ投票するのは難しい選挙です。ただ単に特別区の設置についての投票とするのは余りにもいい加減だし、その裏にある諸々の事項が重大すぎます。賛否の決定の横に協定書の閲覧の紹介がありますが、ただのエクスキューズにしか見えません。
マスコミは国政における与党と野党の対決カラーを報道しています。各党の大物政治家が大挙して大阪に乗り込むそうです。
お解かりでしょうが我が大阪市の存亡が、大阪市民の住民投票の結果が、彼らの政争の具にされているのです。
世論調査を見ると、賛成の人たちには何かを変えなくてはとか、橋下さんならやってくれるだろうと言う人が多いようです。
しかし一番変わらなければならないのは大阪市民ではないでしょうか。
我々市民がポピュリズムに流され人気者を選んだのは事実です。

この調子で本当に区長を選出し区会議員を選出する自身はありますか?
特別区になった後の生活が本当に変化すると思いますか?
協定書を十分読み込みましたか?
橋下氏が何十年かかっても都構想の完成に責任を持つと思いますか?

いったん賛成が勝つと二度と元には戻せません。もし、解らないとかこの部分を変えたらどうかなどと感じるならまずは立ち止まって反対票を投じるべきです。反対の場合はもう一度熟議し市民のサイドから新たな提案は可能なのです。これがラストチャンスと橋下氏はいっていますが、彼にとってのラストチャンスという意味と私には思えます。
都構想は住民投票が終わってから何年もかけてやらなければならない法的な手続きがあります。堺市をはじめ反対している市がたくさんあります。そう簡単な事ではありませんし最終的に都になるわけでもないのです。

住民投票で市民がもっとじっくりと議論できる時間を勝ち取るのが正しい選択だと私は思います。
信号待ちちゃうで、なんぼイラチでも住民投票はちゃんと青にならんと賛成とは書けん!


 
| - | 16:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
統一地方選・在阪民放の怠慢!
12日のラテ欄を見て驚いた。
在阪民放テレビ局が選挙特番を一社も編成しなかった事だ。兵庫県ではサンテレビ、京都府では京都テレビが約2時間の特番を放送したのに、大阪の名前を冠にしたテレビ大阪は何もしなかった。
今回の統一地方選挙は大阪にとってどれだけ多くの意味を持つか、まともな報道機関なら理解しているはずである。勿論言うまでもなく大阪都構想の事だ。選挙の結果は来月の住民投票にも影響がある。いま大阪市民は国会議員や政党の思惑に振り回されながら極めて過酷な決断を迫られている。更に地方選も住民投票も国の安全保障政策、憲法改正、政界再編など多くの課題に影響を与える。これだけのテーマを抱えているのに報道しないのは、明らかに怠慢であり報道機関として失格だ。ローカルテレビ局としての存在意義をも放棄しているのである。
どうせ選挙から一夜明けると、ワイドショーや報道番組もどきの番組が大騒ぎをし、これに無責任なコメンテーターが参戦して面白おかしく放送するのが関の山だ。テレビが駄目になったといわれる要因はこんなに歴然としているのにまだ気付かないのだろうか。
報道の自由だの表現の自由だのといっぱしのジャーナリスト気取りの主張がしたいのなら、橋下市長の恫喝にちじみ上がっている場合ではない。
報道しない事も一種の偏向報道である。せめて一局だけでも特番編成を組んでいたならまだテレビの未来に希望はあったが、テレビ報道とは特にローカルではこの程度なんだと残念ながら思わざるを得ない。
 
| - | 15:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
古賀さん、貴方の行動はテロに等しい!
報ステでの古賀氏の言動は明らかにテレビ局として承服できるものではない。
司会者の指示を無視して、個人の意見を番組内容に関係なく生放送で主張すると言う事はテレビ局を占拠した事であり、一種のテロ行為である。やさしく表現すれば、サッカーの試合で政治的主張を記した横断幕を振り回す連中と同じレベルの蛮行である。
生放送は制作者と出演者の間で暗黙の信頼関係が存在する。台本や進行表を基に綿密な打ち合わせをし、全ての進行はメインの司会もしくはキャスター、報ステで言えば古館氏に託す。その上で各出演者は自らに求められている役割を、節度とルールに則って表現する事で放送番組は成立する。これは報道番組のみならずバラエティーでも同じだ。この最低限の事を守れる人物だと判断できなければ生放送にキャスティングなどしない。だから暗黙の信頼関係が存在するわけである。
古賀氏はこの信頼を破り、番組の意図することに反して個人の私憤を述べ、自ら持ち込んだフリップを用いてプロパガンダを主張するなどの暴挙を行なった。出演者がこのような行動に走ると、生放送は極めて無力で無抵抗状態になる。それを知りながらこの行動に出た事は、テロ行為に匹敵すると言われても仕方あるまい。ただしテレ朝のスタッフも古館氏もこのハプニングに無力すぎたのも事実ではある。
テレビにとってこれほどの大事件なのに、当のテレ朝も他局も民放連も反応が薄い。昨日の今日では無理かもしれないが来週には何らかのコメントが出るのか否か、興味深い。まさか月曜日の番組中に古館氏がお詫びを言って終わりということはないと思うが・・。

誤解のないようにお断りしておきます。
私は彼の安倍政権批判や原発批判など一連の活動や意見に関係なく、今回の古賀氏の行動を批判するものです。これは50年近くテレビと関わってきた制作者としての許せない思いで記した事です。
| - | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
学習能力のない政治屋たち
木曜の朝刊には下品な見出しがコテコテに並ぶ週刊誌の広告が載る。
今朝は「安倍ショック!下村文科大臣塾業界から違法献金・子供には教えられない裏の顔」の見出しが目に入った。
小さく辞任勧告スクープと顔写真の横にご丁寧に入っている。いつもながらの印象だが、政治家や政府を叱ると言うよりどう見ても面白がって政権を非難しているように見える。所詮週刊誌だし私は購読する気もないのでどうでも良い事ではある。
今日も予算委員会が開かれているので、又この記事でごちゃごちゃやっているに違いないと思いインターネットの国会中継を見てみた。
思ったとうり、民主党の議員が検事のように下村大臣を週刊誌の記事をベースに追求していた。
どの党が政権をとろうと、誰が総理をやろうと同じ光景を何度見せられたことだろうか。おそらく何かの間違いで共産党が政権をとっても、予算委員会では同じ光景が見られるのだろう。
そもそも国会議員が全てクリーンな人たちだなんて全く思ってもいない。叩けばいろいろな埃が立つだろう。今迄も例え埃だらけでも法的に問題はないとか、秘書が悪いとかで生き残った政治家は何人もいる。選挙があってもほとんどが再選されていると言う事は、国民もいい加減か寛大かのいずれかである。
口では国民の生活が一番と言いながら、いつも予算が年度内に成立しなくても平気で争っている。これは日本だけじゃなくどの国も同じではある。
予算委員会はその年度の予算の有り方を審議するところ、その他多くの委員会があってそれぞれ専門の事柄を審議する。その結果一つの方向を見出して採決し決定される。こうして国民の生活が守られているはずだ。
議員や大臣の不祥事、政治と金の問題は国民の生活ではなく議員の生活の問題である。これらは自らの懲罰会議で徹底的にやればいい。違法性が明らかならともかく、どうせ法的に問題はないという結論なら国民にとって重要な審議を優先すべきだ。
つまり政治家個人の問題は別の審議会でやってくれと言いたい。このルールを作ればくだらない政争の具に法案や予算が盾に取られることはない。
政治屋(失礼、政治家の先生ですよね)の学習能力のなさにはあきれるが、メディアも相変わらず情けない。
予算審議の状況を「野党は攻勢」と言う視点で報道するのがほとんどだ。政治と金の問題はするどく追及することは大事だが一方、日本が抱える多くの課題に国会の停滞がどれだけ悪影響を与えるかともっと批判して叱るべきだ。

 
| - | 10:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
人質事件とテレビの自粛
人質事件が起きてからテレビのアニメやお笑い、音楽番組などのジャンルで自粛する動きがある。
被害者やその御家族への配慮として、公共の電波を預る放送局としては当然の事と思う。一部の新聞などはこの傾向に対し、「行過ぎた自粛は如何なものか」などと言い始めている。しなければしなかったで必ず配慮が足りないの声が上がる。どちらにしろ反対意見は出るのだがそれなら自粛をするほうが正しいに決まっている。
SNSの世界では自己責任論が声高に叫ばれたり、共産党や民主党の一部の議員が人質事件と政権批判を結びつけて発言するよりは比べ様がないほど正しい事である。
テレビ界もこのような正しい判断が出来るのなら、ワイドショーなどの情報系番組や報道番組の過剰な演出も自粛すべきだ。
人質事件が報道されたその日から今日まで、いやというほどの放送時間を割いているが納得できる番組はどれほどあっただろうか。特にこう云う事件では、ストレートニュースが一番安心して見られる。何故ならBGも芝居じみたナレーションもないし、信頼できそうにないコメンテーターの意見を聞くこともないからだ。
中東の専門家ゲストが解説をするのは耳を傾ける価値はある。この時点で登場する政治家が何を言うか興味はあるが「政府の救出活動を支える事が重要」ぐらいの事しか発言できるはずがない。ましてやワイドショー常連のコメンテーターレベルでは発言するたびにはらはらしてしまう。付け焼刃で事件を取り上げるキャスターと称するタレントさんたちも見ていてかわいそうになる。TBSの「いっぷく!」で国分太一がレクチャーどうりに必死でこの話題に挑戦している姿などはまるで拷問のようだ。特に朝の8時台のワイドショーアワーは全部が同じトーンの情緒的演出でずらりと並ぶ。これほどのニュースなのに彼等がさわるとただ大騒ぎしているだけに見える。「あさイチ」がこの時間帯ダントツの視聴率を上げているのはジャンルは同じでも他局と違う番組を放送しているからだ。人質事件に関しては柳沢氏が短く解説しただけでいつもの番組の流れになった。この時間帯で民放が勝つ事は当分有り得ない。
話が脱線してしまったが、災害でもスキャンダルでも今回のような人質事件でも下手な演出は当事者に対しても視聴者に対しても全く必要がない。特にこの事件のように日本や世界の情勢が深く関係しているケースでは、いたずらに騒ぐだけの番組作りは自粛するべきだ。昨今の報道や情報番組の演出は明らかに間違っている。

このような事件が起きた時は当該国の各種番組を世界がチェックしている。自分達の度の過ぎた演出や一部のいい加減なコメンテーターの発言に対し責任を取る覚悟が放送局にあるだろうか?
 
| - | 16:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
2014年のテレビ総括
4Kに続いて今度は8Kスーパーハイビジョン、紅白歌合戦は試験放送のパブリックビューイングを行なった。画面の美しさはハンパじゃない。一年半後には放送開始予定だそうだ。テレビ界の映像技術はどんどん進歩している。しかし今のままでは結局は宝の持ち腐れになる。
2014年もテレビ界は技術の進歩に着いて行けなかった。デジタル化後、制作者はテレビが映像の文化であることを忘れてしまっている。文字だらけの画面がそれを証明している。高画質が売りのデジタル化とは文字をきれいに見せるためのものだったのだろうか?
4:3の画面が横長ワイドになり、余ったスペースを文字と小窓と出しっぱなしの番組タイトルとコーナーのサブタイトルと朝はそれに加えて時報とその横に天気予報、仕上げは台詞コメントのスーパーがでる。これらの文字の間から見せるはずのものがひそやかに顔を出している。フリップと伏字だらけのパネルとモニターを駆使する番組にまで更にスーパーが載る。これを全テレビ局がやっているところにテレビの末期的症状が表れているのだ。
一握りのタレントが各局を走り回り、一握りのコメンテーターが勝手気ままに発言し、一握りのキャスターが政治を語る、なんとかテレビドラマとスポーツ中継だけが作品のよしあしはともかくテレビらしさを支えている。これではどんなに凄いスーパーハイビジョンが登場しても多くの番組は見るに値しない映像ばかりだ。
来年はテレビが映像のメディアである事を自覚し、デジタル化で便利になったテレビ機能を駆使し、局の個性を追求して視聴者に向き合ったテレビ番組を放送してほしい。急な変化は望めなくともこのどれかに気ずくだけでも少しは良くなる。
これは決して放送局だけの問題ではない。劣化するテレビとよく言われるが、それは視聴者のレベルも劣化している事を意味する。賢明なる視聴者の皆さんはもっとテレビ番組に厳しくなって欲しい。
2015年は、視聴者がテレビを育てる事をもっと自覚し、ダメな番組や出演者には厳しくダメ出ししようではありませんか。
テレビがもっと楽しくなる事を期待して、皆さんよいお年を!


 
| - | 21:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
民放は紅白歌合戦に早くも白旗
14時36分、たまたまテレビをつけるとMBSの「ちちんぷいぷい」というワイドショーをやっていた。
なんと東京のNHK前から紅白出場歌手の発表を生中継しているではないか。何分前からやっていたかは知らないが、白組がおわったところでCM 。CMが明けると「この時間はNHK紅白の出演歌手が決定しましたのでお送りしております。」と凄い情報を中継しているようにアナが言う。わざわざ東京と二元中継しているのだから、彼等にすれば力を入れているんでしょう。生放送中に速報が入れられたと喜んでいるようにお見受けする。何ともレベルの低い番組である。「民放ですのでCMをはさんで紅組の出場者をお知らせします」とアナが言ったのには思わず噴出してしまった。洒落たジョークのつもりで言ったのだろうが、私が噴出したのは、勿論面白くてではない。
その後延々と出演者の取り止めもない喋りがあって、「因みに大晦日の毎日放送は、まだ何を放送するかお伝えできませんが家族が楽しめるような番組だと思います」といった意味のコメントでしめた。「決まってへんのかい」と言う関西風突込みが出演者から飛んでいた。
この時期に企画が決まっていないとは何ともお粗末な話だ。自局の正月番組が決まっていないのに他局の番組を二元中継で宣伝するとは、どうせ何をやっても紅白には敵わないと完全に敗北宣言しているのと同じである。
MBSに限らず、全てのワイドショーは今日から紅白の大宣伝をはじめる。NHKにはこの時期毎年恒例のネタを供給してもらって民放各局は人のふんどしで相撲をとるのである。
落ちてきたとは言え国民的番組を相手にしても視聴率では簡単に勝てるとは思えない。しかし放送局として番組を放送するのだから、もう少し胸を張ってほしいものだ。いい加減な企画でまとめるのなら「視聴者の皆さん、この時間は一緒に節電して新年に備えましょう」と社長が登場してコメントし、放送を休止するほうが洒落ている。
間違いなく新聞は書き立て、ネットによって世界中に話題は拡散されるに違いない。提供スポンサーの広告効果はどこにでもある番組を提供するより数百倍の効果を上げるだろう。電通さん、この企画にのりませんか?制作費は安くしておきますよ!
 
| - | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
衆院解散、今後のテレビ番組に要注意!
解散直後は、NHKでは国会中継後に解説委員による解説、各党党首へのインタビューなどがある。これは解散後のNHKのいつもの報道番組で特に色のついた意見などはない。テレビだからこれは当然の事である。
さて民放はと言うと、いくつかのワイドショーが生放送中である。大阪ではMBSのちちんぷいぷい、読売はミヤネ屋、4時台になると各局が報道番組風のワイドショーを始める。現在放送中の二つの番組を見ると、MC始めコメンテーターが口々に解散総選挙に反対や不満の声を上げる。はっきりとは言わないまでもアベノミクスは失敗的なオール野党的放送になる。しかもこの見事なまとまり方は打ち合わせで決めているわけではない。レギュラー出演をしていたいのなら異論は言わないほうがと言う「長いものには巻かれろ」のムードすら感じるのである。
私は絶対的な与党自民の支持者ではない。又今の野党の支持者でもない。党ではなく主張と人物を見て投票してきた。選ぶに足る人物がいなければ選挙には行くが白紙投票をする。勿論テレビの意見は参考にしない。
しかしテレビ番組が作る社会のムードは明らかに視聴者に影響を与える。私は選挙があるたびにいつも視聴者の皆さんに同じ警告をしている。
テレビ番組に影響されて社会や日本がどうなっても、テレビ局もコメンテーターもキャスターも絶対責任は取らない。それどころか郵政解散時の小泉チルドレンや、民主党政権誕生時のマニフェストと言う言葉を持て囃した時も何人ものコメンテーターはテレビに踊らされた有権者がだめなんだと批判した。特に今のテレビ番組はニュースや政治経済をネタにしたがる。政治家のすることを叩いていれば面白くトークできると思っている。コメンテーターたちが声高に意見をぶつける、テレビ風に言えば「激論でブチ切れ」になれば視聴率が上がると思っている。タイトルの頭に「たかじんの・・」と付いた番組はこの代表である。こんな発想で作る番組が、これからの日本をどうするなんて考えているとは思えない。(余談であるがこれらの番組は全て橋下氏の応援団と私は見ている。)
ワイドショーをご覧になるならコメンテーターがどんな本職でどんな思想であるかは知っていた方が良い。番組のホームページやインターネットで検索すれば強烈な誹謗中傷も時にはあるが、大体どんな人物かは理解できる。
基本的にはストレートニュース以外は今のテレビは大なり小なり偏向していると言える。後は視聴者が判断して耳を貸すに足る番組かどうかを判断する必要がある。
例えば「報道ステーション」と言う番組を皆さんはどう見ておられるだろうか?
私はキャスティングからして偏向的番組である事を証明していると思っている。古館氏の横には女性のアナウンサーと、コメンテーターとして朝日新聞の論説委員がいる。ゲストがいない限りいつもこの3人で番組が放送される。この番組の良いところは必要最小限の出演者しかいないと言う事だが、この良い点が逆に言えば極めて偏向した番組になるのである。つまり朝日新聞的意見で全ての政治や経済について語られるからだ。憲法も原発もTTPも基地問題も集団的自衛権も、そして慰安婦や吉田証言問題もである。一人の新聞の論説委員だけにこれらの意見を聞く報道番組が偏向していない筈はない。いわば放送法違反でもある。
週間視聴率のトップ20に大阪ではいつも上位に報道ステーションが入っている。東京に比べてかなり高いらしい。
勿論見るななどと不遜な事は言わない。朝日新聞の支持者もいらっしゃるのだから。しかし最低限テレビ特に情報や報道のトーク番組に出ている出演者がどんな人物かぐらいは調べてみても損はない。
公示まではテレビも新聞も好き放題発言する。コメンテーター連中も言いたい放題だ。この間にメディアの風が吹き荒れる。視聴者の皆さん、そんな風でインフルエンザにならないようしっかりと自分の考えをまとめようではありませんか。
 
| - | 16:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
花子とアンも最終回、でも主題歌が・・・
花子とアンも最終回、来週から全局で秋の編成に変わる。新番組やらリニューアルやらどんな風に変わるのか楽しみではあるが、どうせ変わり栄えしないんだろうなとあきらめもある。
それはともかく小生は些か焦っている。「花子とアン」がスタートしてからずっと主題歌の歌詞を理解しようとして来た。そのうち意地になって毎朝必死で聞き取ろうとするのだが言葉がつながらない。どうしてもところどころが聞き取れなくて、明日が最終回なのにまだ解らない。聞き取れている部分から察するに難解な言葉は使われていない。なのに意味がつながらないのが悔しくて仕方がない。インターネットで検索すれば簡単に歌詞が読めると思うが、それでは意味がないのである。放送というのは放送時間内に理解できなければ未完成である。
後二回、必死でラストチャンスに賭けてみるつもりだが、おそらく無理だろう。
ドラマは特に問題もなく、最初はえっ?と思ったナレーションにもすっかりはまり、出演者の着物でも楽しませてもらった。ただ主題歌だけが残念な結果になった。
視聴者の皆さんはちゃんと歌詞がお解かりなのだろうか?おそらく気にもしないで聞き流している方のほうが多いに違いないと思うのだが・・。
 
| - | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) |