CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< December 2014 >>
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
こちらもよろしく!!
日本語訳詞のページ
LINKS
ブログ村
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

日記ブログランキング
PROFILE
OTHERS
SPONSORED LINKS
RECOMMEND
MOBILE
qrcode

ムッシュのモヤッ!?

ムッシュのテレビ館別館
民放は紅白歌合戦に早くも白旗
14時36分、たまたまテレビをつけるとMBSの「ちちんぷいぷい」というワイドショーをやっていた。
なんと東京のNHK前から紅白出場歌手の発表を生中継しているではないか。何分前からやっていたかは知らないが、白組がおわったところでCM 。CMが明けると「この時間はNHK紅白の出演歌手が決定しましたのでお送りしております。」と凄い情報を中継しているようにアナが言う。わざわざ東京と二元中継しているのだから、彼等にすれば力を入れているんでしょう。生放送中に速報が入れられたと喜んでいるようにお見受けする。何ともレベルの低い番組である。「民放ですのでCMをはさんで紅組の出場者をお知らせします」とアナが言ったのには思わず噴出してしまった。洒落たジョークのつもりで言ったのだろうが、私が噴出したのは、勿論面白くてではない。
その後延々と出演者の取り止めもない喋りがあって、「因みに大晦日の毎日放送は、まだ何を放送するかお伝えできませんが家族が楽しめるような番組だと思います」といった意味のコメントでしめた。「決まってへんのかい」と言う関西風突込みが出演者から飛んでいた。
この時期に企画が決まっていないとは何ともお粗末な話だ。自局の正月番組が決まっていないのに他局の番組を二元中継で宣伝するとは、どうせ何をやっても紅白には敵わないと完全に敗北宣言しているのと同じである。
MBSに限らず、全てのワイドショーは今日から紅白の大宣伝をはじめる。NHKにはこの時期毎年恒例のネタを供給してもらって民放各局は人のふんどしで相撲をとるのである。
落ちてきたとは言え国民的番組を相手にしても視聴率では簡単に勝てるとは思えない。しかし放送局として番組を放送するのだから、もう少し胸を張ってほしいものだ。いい加減な企画でまとめるのなら「視聴者の皆さん、この時間は一緒に節電して新年に備えましょう」と社長が登場してコメントし、放送を休止するほうが洒落ている。
間違いなく新聞は書き立て、ネットによって世界中に話題は拡散されるに違いない。提供スポンサーの広告効果はどこにでもある番組を提供するより数百倍の効果を上げるだろう。電通さん、この企画にのりませんか?制作費は安くしておきますよ!
 
| - | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
衆院解散、今後のテレビ番組に要注意!
解散直後は、NHKでは国会中継後に解説委員による解説、各党党首へのインタビューなどがある。これは解散後のNHKのいつもの報道番組で特に色のついた意見などはない。テレビだからこれは当然の事である。
さて民放はと言うと、いくつかのワイドショーが生放送中である。大阪ではMBSのちちんぷいぷい、読売はミヤネ屋、4時台になると各局が報道番組風のワイドショーを始める。現在放送中の二つの番組を見ると、MC始めコメンテーターが口々に解散総選挙に反対や不満の声を上げる。はっきりとは言わないまでもアベノミクスは失敗的なオール野党的放送になる。しかもこの見事なまとまり方は打ち合わせで決めているわけではない。レギュラー出演をしていたいのなら異論は言わないほうがと言う「長いものには巻かれろ」のムードすら感じるのである。
私は絶対的な与党自民の支持者ではない。又今の野党の支持者でもない。党ではなく主張と人物を見て投票してきた。選ぶに足る人物がいなければ選挙には行くが白紙投票をする。勿論テレビの意見は参考にしない。
しかしテレビ番組が作る社会のムードは明らかに視聴者に影響を与える。私は選挙があるたびにいつも視聴者の皆さんに同じ警告をしている。
テレビ番組に影響されて社会や日本がどうなっても、テレビ局もコメンテーターもキャスターも絶対責任は取らない。それどころか郵政解散時の小泉チルドレンや、民主党政権誕生時のマニフェストと言う言葉を持て囃した時も何人ものコメンテーターはテレビに踊らされた有権者がだめなんだと批判した。特に今のテレビ番組はニュースや政治経済をネタにしたがる。政治家のすることを叩いていれば面白くトークできると思っている。コメンテーターたちが声高に意見をぶつける、テレビ風に言えば「激論でブチ切れ」になれば視聴率が上がると思っている。タイトルの頭に「たかじんの・・」と付いた番組はこの代表である。こんな発想で作る番組が、これからの日本をどうするなんて考えているとは思えない。(余談であるがこれらの番組は全て橋下氏の応援団と私は見ている。)
ワイドショーをご覧になるならコメンテーターがどんな本職でどんな思想であるかは知っていた方が良い。番組のホームページやインターネットで検索すれば強烈な誹謗中傷も時にはあるが、大体どんな人物かは理解できる。
基本的にはストレートニュース以外は今のテレビは大なり小なり偏向していると言える。後は視聴者が判断して耳を貸すに足る番組かどうかを判断する必要がある。
例えば「報道ステーション」と言う番組を皆さんはどう見ておられるだろうか?
私はキャスティングからして偏向的番組である事を証明していると思っている。古館氏の横には女性のアナウンサーと、コメンテーターとして朝日新聞の論説委員がいる。ゲストがいない限りいつもこの3人で番組が放送される。この番組の良いところは必要最小限の出演者しかいないと言う事だが、この良い点が逆に言えば極めて偏向した番組になるのである。つまり朝日新聞的意見で全ての政治や経済について語られるからだ。憲法も原発もTTPも基地問題も集団的自衛権も、そして慰安婦や吉田証言問題もである。一人の新聞の論説委員だけにこれらの意見を聞く報道番組が偏向していない筈はない。いわば放送法違反でもある。
週間視聴率のトップ20に大阪ではいつも上位に報道ステーションが入っている。東京に比べてかなり高いらしい。
勿論見るななどと不遜な事は言わない。朝日新聞の支持者もいらっしゃるのだから。しかし最低限テレビ特に情報や報道のトーク番組に出ている出演者がどんな人物かぐらいは調べてみても損はない。
公示まではテレビも新聞も好き放題発言する。コメンテーター連中も言いたい放題だ。この間にメディアの風が吹き荒れる。視聴者の皆さん、そんな風でインフルエンザにならないようしっかりと自分の考えをまとめようではありませんか。
 
| - | 16:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
花子とアンも最終回、でも主題歌が・・・
花子とアンも最終回、来週から全局で秋の編成に変わる。新番組やらリニューアルやらどんな風に変わるのか楽しみではあるが、どうせ変わり栄えしないんだろうなとあきらめもある。
それはともかく小生は些か焦っている。「花子とアン」がスタートしてからずっと主題歌の歌詞を理解しようとして来た。そのうち意地になって毎朝必死で聞き取ろうとするのだが言葉がつながらない。どうしてもところどころが聞き取れなくて、明日が最終回なのにまだ解らない。聞き取れている部分から察するに難解な言葉は使われていない。なのに意味がつながらないのが悔しくて仕方がない。インターネットで検索すれば簡単に歌詞が読めると思うが、それでは意味がないのである。放送というのは放送時間内に理解できなければ未完成である。
後二回、必死でラストチャンスに賭けてみるつもりだが、おそらく無理だろう。
ドラマは特に問題もなく、最初はえっ?と思ったナレーションにもすっかりはまり、出演者の着物でも楽しませてもらった。ただ主題歌だけが残念な結果になった。
視聴者の皆さんはちゃんと歌詞がお解かりなのだろうか?おそらく気にもしないで聞き流している方のほうが多いに違いないと思うのだが・・。
 
| - | 17:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
拝啓 鳥越俊太郎殿
貴殿の独りよがりな発言にはもううんざりです。ジャーナリストを自称されるのなら、もう少し調べてから発言されたほうが良い。 そうです「君が代」の前奏のことです。 前奏のある君が代なんて74年間聞いたことがないとおっしゃっているようですが、そうだとすれば無知も甚だしい。既に各種国際大会や大相撲でも使用しています。 演奏と同時に歌うのはきわめて難しいので、私は前奏があるほうが良いと思います。ただ貴方のような方も居られるので、編曲を変えても良いのではとも思います。(今の前奏でもしっかりと歌う人には違和感などありません。)今度国歌を聞く機会があれば、お歌いになれば違和感は消えますよ。もし君が代を拒否されていないのならですが・・。 いずれにしろ、何も調べずにご自分の思いだけで平気で発言する無責任さはさすがテレビコメンテーターの草分け、いやキャスターでしたっけ。
| - | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
今朝のNHKあさイチ
番組冒頭に突然付け足したように集団的自衛権の話が始まった。NHK解説委員とアナウンサーがパネルのめくり役で登場。ゲストとやり取りしながら説明しているつもりなんだろうが、解説委員はゲストの室井佑月氏のコメントにしどろもどろの解説だ。室井氏はおそらく集団的自衛権に反対なんだろう。この話が始まったときから既に怒りを前に出した表情だ。自説なのかワイドショー御用達コメンテーターの耳ドシマなのかは知らないが、どこか誤解しているような発言。この問題は賛成であれ反対であれ、テレビで議論する場合は知的冷静さが必要だ。
そもそもなんでこの番組が冒頭に集団的自衛権の話を持ってきたのか解らない。民放のワイドショーはお決まりのようにやっているからこの番組もと考えたんだろうか。時間が来ると有働アナが割り込んで急にスパイスの話に変わった。
こんな中途半端な取り上げ方ならやらないほうが良い。今日のメインテーマが集団的自衛権を考えるならまだしも、消化しきれていない取り上げ方は視聴者にとってマイナスである。
いずれにしろ、テレビの解説だけで集団的自衛権の事を理解するととんでもない事になる。コメンテーターの話には距離をおくことが賢明なる視聴者の責務でもある。
 
| - | 16:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
今こそテレビを疑え!
今日は衆院予算委で集団的自衛権等の集中審議が行なわれる。
日本の姿勢を決める重要な案件だけに、当然国民の関心は大きい。報道番組は勿論、各種情報番組、政治バラエティーでもこの問題を取り上げる事が増えた。
小泉劇場やマニフェスト政権交代、大阪の橋下ブームのようにテレビが大きく政治に影響を与えた現象があった。これは寒天や納豆がスーパーの棚から消えたのと同じ現象で、視聴者がテレビ番組に強く反応した結果である。その後、作られたムードが消えると大きな反動が出た事はご承知のとうりである。これらは選挙で変えられるし、人の選択を間違えなければ早い修正は可能だ。納豆も寒天も何事もなかったようにスーパーの棚に戻る。
しかし我が国の安全保障政策を決定し憲法と深く関連する内容についてはそう簡単なものではない。又そう簡単に変えていいものではない。だからこそ「今こそテレビを疑え!」と視聴者の皆さんにお伝えしたい。テレビ番組が作るムードや間違ったコメントに影響されると取り返しのつかない選択をする事になる。
このようなことを書くと、必ず全てのテレビ番組が悪いのかと言う人がいる。勿論そうではない。正しい番組か疑うべき番組かを判断するのは個人の問題だが、そのためにまず疑って欲しいのである。
アメリカのテレビ局のように、政権側か反政権側かがはっきりとしているような場合は視聴者も判断しやすい。しかし日本の放送法では、報道は公平公正であることをテレビ局に求めている。放送局も視聴者もなんとなくその自覚はあるので、報道が少々偏向していても見過ごしているのである。差別発言やよほどの偏向報道で無い限り問題にもならない。もし問題になってもお定まりのコメントで謝罪して終わりだ。BPOなんてほとんど意味がない。結局一般的な視聴者は何が問題だったのかも解らないまま、相変わらずの日常の放送に巻き込まれていくのである。
私はテレビ番組で公平公正な報道と言うのは、ストレートニュース番組以外は無いと思っている。ワイドショーは勿論だが、夕方や夜の報道番組といわれる類で公平公正を保っている番組はない。その理由は、感情移入した情緒的なアナウンス、ナレーション、そしてBGをつけて放送する限り明らかに演出過剰であり主観的報道だからである。例えば尖閣問題には緊迫した音楽、東日本大震災は悲しさを前面に出したマイナートーンをBGにつけるなどだ。被災地の話をするだけで声のトーンを落としささやき声で泣き節になるのはテレビスタンダードになっている。芝居じみたナレーションにいたっては公平公正さなど微塵も感じられない。
もう一つの理由は、報道ステーションのように古館氏の質問に答えて解説するのが朝日新聞の解説委員一人だけのケースである。
新聞を複数紙お読みになっている方ならお解かりと思うが、新聞によって世論調査の結果も明らかに違うし、現政権に対する姿勢も明らかに違う。報道ステーションのように憲法改正反対、集団的自衛権反対、秘密保護法反対という朝日新聞の解説委員が解説したら、公平公正な報道番組には絶対にならない。例えばそこに産経新聞の解説委員がいて、二つの異なる意見を古館キャスターが紹介すれば初めて公平公正さが担保されるのである。この番組の前身だったニュースステーションではキャスターの久米宏氏がカメラ目線で「私は憲法改正には反対です」といった事がある。言い切った後CMに入ったので余計強い印象を受けた。この時も特段問題にする人はいなかった。
もう一つテレビを疑わなければならない厄介な存在がある。それはコメンテーターの存在だ。これも全てとは言わないがほとんど無責任で偏った意見を披露しているといっても過言ではない。
中でも朝はA局、昼はB局のワイドショー、夕方はC局の報道番組夜はバラエティー番組と忙しく走り回っているタイプのコメンテーターは私はまず信用しない。何故なら自分の信念を持った考えをテレビで披露し社会に伝えるのが目的ではなく、テレビに出る事が目的と感じるからだ。こう云う起用の仕方はテレビ局に問題があってご本人のせいではない。断る事ができるのは当人の意思であるが、断れないのがテレビの持つ魔力だ。
ほとんどの番組では複数のコメンテーターがいる。ところが何故かみんな同じ意見で番組がまとまるのが普通だ。これが問題なのである。日本をダメにする人達という特集でコメンテーターを取り上げた雑誌があったが、視聴者にとっていい加減なコメンテーターの存在がマイナスである事は間違いない。内容に必要な時だけ専門家のコメンテーターをゲストにすればよい。
とにかく視聴者がとりうる姿勢は、まず疑う事である。何を伝えたいのか見極めて、下手な演出や無責任な発言、偏向的な報道に惑わされない距離感をテレビとの間に持つべきだ。


 
| - | 16:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
今朝の「あさイチ」・子供の性がメインテーマだったが・・・

今日のあさイチのメインテーマは「誰にも聞けない・・・子供の性」。
朝ドラの流れでつきっぱなしのテレビを何気なく見ると、画面には「乳首オナニー」の文字が斜めに幾つも登場した。何だこれはと見てみると、どうやらメインテーマの冒頭であった。この画面にニヤニヤ笑っているゲストの室井佑月の顔がワイプで登場するにいたっては、三流週刊誌を見るようだった。

番組のHPによれば、
「今回のテーマは“子どもの性とどう向き合うか”。娘に生理の話を切り出すには・・・、妊娠や避妊などをどう伝えたらいいのか、エッチなサイトを見ている息子にどう対応するかなど、親なら誰もが抱える問題です。(中略)実際に悩む母親の生の声から、子どもの「性」に悩む母親たちの「リアル」を浮き彫りにし、視聴者とともに考えました。」と説明してあった。
NHKの事だから冒頭のビックリするような画面のままではなく、それなりにこのテーマを真剣に取り上げているのは間違いない。しかし、番組構成や演出は決して感心できるものではなかった。
視聴者にアンケートをとり、その内容をベースに番組は構成されている。しかしこのアンケート内容を表現するのに再現ドラマと、投稿者へのインタビューを顔無しやボカシ画面、声も変えて表現している。
再現ドラマでは子役に「便器に血がついていた」などの台詞を言わせて生理の話をするのだが、これをして「母親達のリアル」を浮き彫りにしたと言うのなら余りにもお粗末である。増してやゲストコメンテーターの室井佑月が「エロい」という言葉を連発するにいたっては、企画意図とは裏腹に興味本位の番組を制作したかったに過ぎないのではないだろうか、かつての膣トレやセックスレスをテーマにして話題になったことから、ソチ五輪休み明けで、番組に弾みをつけるための話題作りじゃないかと勘繰ってしまう。

女の子を持つ母親の青木さやかもゲストでいたが、番組が進むにつれて「どう向き合ったらいいのか考える事が一杯で」と困惑していた。多くの視聴者もこんな感想を持ったのではないだろうか。だとすれば間違いなくこの番組は失敗である。ただ専門家として出演していた産婦人科の先生は、それなりに的確なコメントはされていた。
とにかくこのようなシリアスなテーマをテレビが取り上げてもせいぜいこの程度である。視聴者の皆さんは「ふーん、大変だね」程度にご覧になったほうが賢明である。

| - | 13:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
橋下市長辞職、出直し市長選・大阪市民よ、もうテレビに騙されるな!
 何とも面倒な市長を選んでしまった。私は一票を投じていないが橋下氏が選ばれたのだから頑張ってもらうしかないとは思っていた。大阪都構想以外では賛成の政策もあったが、とにかく表現の仕方がひどく常に喧嘩腰、頭は良くても教養が感じられない、笑った顔は浮気がばれた記者会見だけ、大阪はどんどんギスギスした町になった気がしていた。だから辞職はとめないが、もういい加減にしてくれと言いたい。
「口も悪いし育ちも悪い、だけど喧嘩だけは強い」これは橋下氏が選挙のときに街頭演説で言っていた言葉だ。まさにおっしゃるとうりである。「テレビ無くしては今の自分はない。たかじんさんは私の恩人」これはテレビのインタビューで彼が言った言葉。これまたおっしゃるとうりである。大変正直におっしゃっている事は敬服に値する。この言葉から考えるに、大阪市民は売られた喧嘩に負けて、テレビに乗せられて市長を選んだ訳だ。今は亡きたかじんの冠をいただくテレビ番組が3本もあり、そのいずれもが橋下氏の応援番組、番組内で頑張れ橋下と公言する出演者も多い。そんなこんなで作られたムードに乗って橋下人気と維新人気を支える市民が増えた。
視聴者の皆さん、もし都構想の是非で出なおし選挙なら、大阪市民だけじゃなく府民の意見も入るべきと思いませんか?ならば府知事も辞職して大阪府民の都構想に対する民意を問うべきでしょう。政令指定都市である堺市は都構想に反対の結果でしたが、他の市は大阪市の問題と勘違いしている人も多いんですよ。それがテレビ番組が原因である事に気がついて欲しいんです。
東京の番組ですが、今日の「ひるおび」では「都構想は東京のように大阪市を5から7の特別区に分ける事です」と平気で説明したり、テレビ局御用達の時事通信の田崎氏と政治アナリストと称する伊藤氏の二人が、騙した公明がどうの維新がどうのと芸能記者が言うような解説をしています。この番組のレギュラーの八代弁護士は「橋下さんの肩を持つわけじゃありませんが、都構想が実現すると市会議員はいなくなるので反対する人が多いという事も抑えておく必要がありますね」と馬鹿なことを言っています。確かにそんな議員がいることは想像できますが、大阪市が5でも7でも区割りされると、全てに区長と区議会が出来、その下に町会と町会議員が出来るまで説明するべきです。
「ひるおび」は東京のワイドショーですが、大阪の局制作でも大阪市だけの問題程度の捉え方が多いのは確かです。
今夜も明日も橋下氏が取り上げられる番組は多いですし、選挙までは橋下氏が戦略的にテレビ出演を増やすでしょう。喧嘩の弱いテレビ局は彼のペースにはめられるに違いありません。又応援団番組は大いに気勢を上げて風を吹かす事になります。
とにかくもうテレビのコメンテーターや報道、(特に東京の番組は要注意)に振り回されずに、都構想とは何か、この人を選んで正しかったのか、区割りの意味などを真剣に考えようではありませんか。
| - | 15:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
MBS社長の新春会見に喝!
 14日、MBS社長の新春会見が行なわれ、「たかじんさんのお別れの会」を民放5局で同時生中継するプランを発表した。5局が主催でお別れ会を行なう事は勿論賛成だし理解できるが、テレビで5局同時生中継をするなど到底理解できない。新聞が仰天プランと書くのも当然である。
もしこの案に各局が乗ったとしたら、大阪のテレビ局は番組制作をやめたほうが視聴者のためだ。この案に飛びつくスポンサーがいたら、これまた笑うしかない。

私は歌手たかじんのファンである。大阪大衆音楽祭のスタッフだった時に出会って以来、今も彼の歌のファンである。大ファンといってもいい。新曲が出た時「たかじんを箱根越えさせる会」に参加して応援した事もある。
しかしテレビタレントとしてのたかじんの冠番組は残念ながらどれもB級品であり、制作者としては制作したくない番組ばかりだ。演出も何もなくどれも似たようなキャストと構成、出たとこ勝負のたかじん次第の番組展開、放送禁止用語は飛び交い言葉使いもひどい、舌禍事件も数多く、訴訟に発展したケースは幾つもある。「たかじんのそこまで言って委員会」だけは出演者の舌禍事件の方が多い。その理由は出演者に好き放題言わせて彼自身は決定的な発言はしないからだ。出演者に自由に発言させているのはたかじんの存在であり、局も了解している。これが問題である事にテレビ局は気がついていない。
MBS制作の番組で「たかじんONEMAN」と言う番組があった。ある日突然終了し、最終回にはたかじんはいなかった。番組終了の理由は、掘ちえみさんの離婚に関するたかじんの発言が名誉毀損だと夫側に告訴されたのが原因だと言われている。毎日放送も告訴の対象だった。テレビ番組内での発言がどこまで許されるかの高裁の判断が話題になった事件である。この番組の制作者のだらしのなさと彼の発言内容は、我々も常に批判してきたし、MBS内部でも早く終了させるべきだとの意見もあった。そんな番組を放送してきた局の社長が、どんな思いで「たかじんさんのお別れ会」を5局で同時生中継する気になるのだろう。

たかじんは上方お笑い大賞で審査員特別賞を受賞するほどの巧みな話術の持ち主。本来大賞だったところ歌手が大賞では申し訳ないと辞退した。このしゃべくりの能力が視聴者を魅了し、大阪で視聴率男と言われるほどの絶大な人気を支えているのはご存知のとうり。それに加えて毒舌と称する破天荒な発言が加わると視聴者がはまるのは当然だ。
しかしテレビ放送には他のメディアとは異なるルールがある。新聞や雑誌、映画や演劇では何の問題にもならない表現もテレビ番組では出来ない事がある。放送事業は、多額の税金を注ぎ込んで整備された放送環境を利用するために国の認可が必要だ。電波法もあれば放送法もある。それに準じてどこの局も放送基準を作り、倫理規定を設けている。テレビ放送の影響力は他のメディアとは比較にならないものがある。だから独自のルールが課せられるのは当然である。
我々はこのルールの下で番組を制作してきた。たかじんの冠番組や彼の大阪での人気について、東京の局は「大阪は番組で何を言ってもお咎めなし」と伝えている。とんでもない誤解だ。何でも言っていいのではなくて、何を言ってもとがめる局がなく制作者もいないということだ。
「たかじんのそこまで言って委員会」に出演する政治家や評論家はこの番組を利用した。政権交代時も、橋下維新の会誕生にも大阪の風に影響を与えた事は間違いない。いくらたかじんが大阪人に愛されたとは言え、テレビ局としてはルール破りのタレントであった事は確かなはずだ。ルールを無視した番組制作を関西のテレビ局は今後も容認するというのが、MBS社長の5局同時中継の提案である。

大阪の放送界に大きな足跡を残したたかじんに哀悼の意を表し、世話になった民放5局が立派なお別れ会をする事は結構な事だと思う。しかしたかじんとの共演者や私的な交友関係にあった人達が彼の生き様や武勇伝や人となりを称えるのと、彼の番組を称えるのとはまったく意味が違う。5局生中継をするという事は、彼の番組が関西のテレビ界に大きな影響を与え、テレビ史に残る快挙であったと絶賛する事である。MBSの社長は自局制作の「たかじんONEMAN」をご覧になった事があるのだろうか?ご覧になった上でそこまで賞賛されるのならば何をか況やである。
MBSの社長は営業畑の人だ。もし「5局生中継番組を一社提供で仕切る、既にスポンサーは内定している」ぐらいの発言を同時にすれば、番組企画らしくもなり民放の社長として多少の面目も立つと思うのだが。それほどのことができる人ならこんな提案を軽々しくしないとは思うが・・・。



| - | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
2013年のテレビ総括
 朝6時に起床、テレビをつけた。
NHKは15分までニュース、民放は再放送で時間つぶしの編成だ。新聞のラテ欄を見てみる。例によって長時間番組が並んでいる。
内容を読んでウンザリ。結局夜は紅白を見ながらチャンネルをザッピング、行く年来る年で除夜の鐘を聞いてテレ東のカウントダウンで新年てことになりそうだ。やっぱり今年も限りなくテレビは駄目になった。
しかし一つだけ光も見えた。それはテレビならではの帯ドラマの大ヒット。新しいスターに流行語まで生まれた。このジャンルは舞台でも映画でもないテレビならではの世界だ。このところ新シリーズに変わっても視聴率は落ちない。それには「あさイチ」とのジョイントが大きく貢献している。「あさイチ」のオープニングトークが必ずドラマをうけてのトークで始まる。「あんな言い方ってあります?」「きっと何かが起きるんだって」などとイノッチと有働アナが真剣に話す。視聴者はそれを見ながらきっとテレビの前で頷いたり、そうじゃないよと二人に声をかけているに違いない。画面を通じて感情が一つになる瞬間だ。視聴者の今と放送が同じ時間の中に存在する。これが生放送の素晴らしいところなのである。テレビとは送り手と視聴者が時間を共有する事だとあらためて思う。だからあさイチも視聴率は好調だ。やはり生放送こそテレビの原点である。
今テレビが限りなく駄目になっている理由は、テレビでありながら映像を忘れ、視聴者を忘れている事だ。視聴率を視聴者と勘違いしている限りテレビの未来は極めて悲惨だ。この一年、デジタル化で画面は美しくなったが、映像はひどくなった。文字と小窓で埋め尽くされた画面のどこを見ろというのだろうか。
映像にぼかしを入れ、音声を変えて内部告発者が真実を語ると言うお定まりの手法による報道が関西テレビであった。しかしこの映像は別人で声だけが本人だった。ぼかしを入れているから本人でなくてもいいという判断はまさに映像を馬鹿にしているし、テレビ報道の自殺行為だ。こんな放送をしてもお咎めもなく、相変わらずぼかしや首なし映像でニュース報道をしている。各局も騒がなかったのはきっと同じ事をしているのだろうと勘繰ってしまうし、現にこの種の捏造事件はこれが初めてではない。この鈍感さがテレビの劣化を象徴している。
今年のテレビを総括して感じた事は、どこまでこのメディアは落ちていくのだろうと言う心配と悔しさである。テレビならではの放送の有り方、テレビ視聴者と言う特別な存在についてもう一度見直さない限りインターネットのオマケのような文化に成り下がるだろう。ネット配信開始とかネットとの融合などと言っても所詮は駄目になったテレビ映像をネットで拡散させるだけである。
来年こそは、テレビが映像の文化であることを再確認して欲しい。メディアの中でもテレビが最も影響力が強いのは、映像と同時性であるが所以だ。デジタル化によって高性能で高画質を国民に約束した。そのために多額の税金も投入された。テレビ局には大きな責任があることを忘れてもらっては困る。
2013年の後半は民放で「あまちゃん」のテーマを聞かない日はなかった。下世話な表現で申し訳ないが、平気で人のふんどしで相撲をとるのはもうやめよう。個性とオリジナリティーに早く目覚めて欲しい。

賢明なる視聴者の皆さん、テレビの影響で今年も色々なものがスーパーの棚から消えました。
来年こそはテレビの情報に振り回されずに、テレビの嘘を見抜いて、面白い番組には思い切り拍手を、ダメな番組にはしっかり抗議をし、育てなおそうではありませんか。
では良いお年を・・。
| - | 16:46 | comments(0) | trackbacks(0) |