「テロップが地デジ地デジとせかしよる」
これはNANBAなんなん大阪弁川柳コンテストの最優秀賞を獲得した作品である。視聴者の気持ちを見事に表現した一句で、私は心から拍手を送った。あのひつこいスーパーは公害以外の何ものでもない。アナログテレビをご覧の視聴者の皆さんは、おそらく全員が同感に違いない。
この句のとうり、今年のテレビ界は地デジに向けて政府と放送局と家電メーカーが一丸となって視聴者を攻め立てた年と言える。11月26日の総務省発表によると、地デジ対応機器の普及率が90.3%になったらしい。それが事実ならテロップでせかすのはもういい加減にして欲しい。
紅白歌合戦の放送が始まった。アナログテレビの画面には、右上にアナログのスーパーがあるだけで歌詞と曲目のみのスーパー、なんとも見やすい画面になっている。これが映像を売り物にするテレビ局の本来の有り方だ。テレビ界は年々映像を忘れたメディアになっていく。今年は更にそれに拍車がかかった。
4対3の画面がワイドになってその扱いに困り、空白を文字で埋めまくるのがお定まりの画面構成になった。ドラマ以外の番組ではジャンルを問わず文字スーパーだらけの画面、その上小窓でうるさく出演者の顔を出す。その文字だらけの画面にニュース速報の文字が平気でかぶる。テレビからまともな演出が完全に消えてしまった。
バラエティー番組は企画の貧困のひと言に尽きる。同じ出演者を追いかけ局の個性などまるで無い。
数だけ多い出演者、オネーキャラとかゲイの台頭が目立ち、スタジオだけで楽しむパターンが更に増幅、クイズと言えば高学歴が売りのタレントがあちこちの局に登場し、10問正解でと目標を作っても途中経過は飛ばすというやり方ばかりだ。漢字が流行となると問題の半分は漢字問題、これまたどの局を見ても同じ顔ぶれが答える。
報道、ワイドショーはと言うと、本来二つのジャンルとして独立していたが今や全くその垣根はなくなった。政治に関するニュースをワイドショーやバラエティーが面白おかしくやるようになってからその垣根が無くなったと言える。報道番組もトップニュースに海老蔵の喧嘩騒ぎを持ってくるのだから、その垣根の無さはおして知るべしだ。ニュースの取り上げ方も解説やコメンテーターも似たり寄ったり、政治と言えば政局話が中心、VTR部分は情緒的で芝居がかったナレーションもBGもこれまた同じ演出だ。
テレビ報道にはメディアとしての価値はもう無いのかもしれない。
スポーツ番組もまるで進歩が無かった。外国人選手の表記はカタカナと漢字がごちゃ混ぜ、バレーボールは試合の途中で何度もビデオドキュメントが入り、データばかりを何度もしゃべる野球中継アナ、お涙頂戴型の選手紹介、アップの多用で試合の流れが見えない映像等など、数え上げればキリが無い。
出演者も負けず劣らず進歩が無い、いや退化している。
カンペ癖がついて台詞を覚えない、馬鹿笑いと大声だけが売り物のお笑い芸人、辛口と興奮が売りのコメンテーター達、幼児化するタレントや女子アナETC・・・。
これら全ては放送局の責任である。
責任と言えば視聴者にも責任がある。このようなテレビ番組に人々がますます影響を受けやすくなっている事は事実だ。テレビが健康にいいと言えば次の日にはスーパーの棚からその食品が消える、こんな現象は今年だけでも何度も起きている。食品なら馬鹿ですねと笑っていられるが、近頃流行の激論とか徹底討論とか言う政治バラエティーに影響を受けたり、いい加減なコメンテーターの誘導に乗せられたりする事はこの国を間違った方向に行かせかねない。小泉政権の誕生も民主党の政権交代もその寸前にどんな放送をしていたか思い出して欲しい。小泉チルドレンや小沢チルドレンがどんな風にテレビで取り上げられたかを思い出せば、如何にテレビが政治を動かしているか視聴者がテレビの尻馬に乗ってしまっているかがよく解るはずだ。
我々の生活からテレビを切り離す事はもう出来ない。だからこそテレビに注文を付ける。自分の人生の多くの時間をテレビ番組の制作に費やして来た。だから今のテレビに注文をつける。
来年も懲りずにテレビを見て思いっきり注文を付けさせてもらうつもりだ。
視聴者の皆さん、是非地上波テレビを立ち直らせるためにご協力のほどを・・・。
それでは良いお年を!